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光市母子殺害事件ー判決

ご訪問、ありがとうございます。

20日は息子の12歳の誕生日でした。
それは私が母になって12年の記念日でもあります。
私自身、姉妹だけで育ったので、男の子を育てるということは
まさにチャレンジとしか言いようのない経験でした。

男の子というのは、とても単純で繊細です。
素直でストレートです。
だからこそ、周囲の環境や育てられ方、扱われ方にものすごく
影響されやすいし、傷つきやすいと思います。
思考停止にもなりやすい・・・
思春期と共に本来持つ闘争心も出てくるし、力も強くなるので、パワーを
もてあますあまりに、自己コントロールができるかどうかが課題となっていきます。

前置きが長くなりました。
1999年4月14日、光市母子殺害事件は起きました。
この事件によって、被害者である当時22歳の若き父親であった本村洋氏は当時
メディアを前に、初めて被害者としての声なき声を世間に知らしめた第一人者でした。
それまでの犯罪被害者は、治療費を請求することもできず、プライバシーをさらされ
何の権利も保障もなく、心と身体に傷を負いながら社会で孤立して生きていかなければ
ならない弱い立場でした。そこに光をあてる活動を黙々としている彼の真摯な姿に
心を打たれた人は多いでしょう。

2012年2月20日 最高裁での判決は死刑

遺族の本村氏は「喜びはない、厳粛に受け止める」との会見だったようです。
鏡だったのだと思います。犯罪はいつ、なんどき同じ立場になるかわからない
その時あなたはどうしますか?どう考えますか?
という課題をつきつけられていたように思います。
あまりにも辛く、苦しい、長い、長い闘いでした。


・・・加害者である元少年は、虐待の被害者でした。
父親に子どもの頃から殴られ、暴言を浴びせられ続け、死ぬほど殴られる母親を見て
育ちました。ついに彼が中学生の時、母親は首吊り自殺、そして父親の命令で
自殺の後始末をさせられています。
彼の健全な子ども時代は完全に周囲の大人によって奪われています。
情状酌量の余地はある事例でした。

しかしながら裁判では、加害者の元少年が反省していないことも争点の1つでした。

「ドラエモンがなんとかしてくれると思った」

被害者感情を逆なでする!
弁護団は何を考えているのか!
と、いった声が、いっそう死刑を後押ししたように思います。
奇妙なことに、死刑を求刑されるほどの凶悪事件にも関わらず殺意の有無、は
あまり語られていないように感じるのは私だけでしょうか?

なにか重要なことを見落としているような気がします・・・

もし、被告人席に立っているのが、まだほんの5歳の子どもであったら
誰も彼を裁くことはできなかったでしょう。
傷ついたインナーチャイルドが目に見えたら、何が変わったでしょうか?
善悪を教えられず、心と心を通わせるコミュニケーションを知らず、痛さと苦しさが
愛情だ、躾だと思い込まされてきた人間に、反省の真の意味も知らずに
反省などできたのだろうか?
反省ができないというその事実が、既にまっとうな人間ではない証拠ではないだろうか?

彼を裁くのであれば、彼を救えなかった周囲の大人には罪はないのだろうか?
彼を殴り続けた父親は?
SOSのサインを見てみぬふりをした親族は?学校は?近所は?

虐待は・・・このような結果になるのだと元少年の行為や思考が語っています。

法廷でドラエモンのことを出さなければいけないくらい彼は幼稚で病んでいた
と、想像しえます。本来ならば嘘でももっと反省の弁を出すのが裁判であるはずで
弁護団は、適切な方向へ生かせなかったという意味で落ち度があったと
いわざるをえないでしょう。
彼はおそらく人格障害が顕著であったはずであり、正常な判断をも同時に併せ持つ少なくとも
境界例であったことは間違いないと思われます。

私たちの日常にも、人間関係のトラブルの中にこういった類の人が一見普通に
きちんと仕事もし、税金も納めて生活しているのでわからないのです。
もちろん、ほとんどの人が犯罪など起こしたりしません。
この元少年が責任能力ありと診断されることが、この国の精神医療レヴェルが
いかに低いかを物語っているといわざるを得ないでしょう。

犯罪における心の問題には、どうも皆ふたをしたいとしか思えません。
ふたを開けてしまったら、誰かが責任をとらなくてはならなくなる、
誰も責任など負いたくない、この国、日本の現状を現しているかのようです。

この国は、放射能汚染から子どもを守ろうとはしなかったのです。

人間誰しも聖人君子ではいられません。
人間は失敗を通して学んでいきます、そもそも失敗するものなのです。

元少年は、人を殺してはいけないことは当たり前のことである、と素直に
思えるような安全な家庭環境で育てられなかった、そしてそれを超えられるほどの
いい影響を与えてくれる立派な大人にも出会えなかった。
犯罪を起こさなくても済むような状況になかったのは、極めて残念です。

多くの虐待による被害者は、他人を殺す前に自分を何度も殺しているはずです。
そのうち感覚がマヒしてきて、人と他人との境界があいまいになります。
自分を殺すはずが目の前に現れた幸せを絵に描いたような母子を前にして
決して超えてはならない一線を越えてしまった・・・いつものように
自分を殺すように・・・他人を殺めてしまった。

加害者の元少年を、厳罰に処すだけでは、この事件の真相は見えてこないのです。

この事件は個人の問題でなく社会問題であると、言えるほど
まだ社会は成熟していません。

本村氏は、犯罪が起こった時点でみな、敗者であると言いました。
逆に言えば、犯罪が起きない社会こそが勝者であり、この判決を通して
一人一人が社会をよくする為に何ができるか?
真摯に受け止め、答えを見つけていかない限り、加害者は量産され、
被害者も同時に増えていく、何も変わりません。


何の落ち度もない、明るく一生懸命子育てをしていた若い母親の命を奪い、
必死で泣きながらすがりついてきた赤ちゃんを床にたきつけた加害者の非道。

しかしながらこの稀に見る怪物を育てたのは
紛れもないあなたです、と言われたらどうでしょう?

あなたの無関心さ、思考停止、勇気のなさがこの怪物を育てたのですと言われたら?

元少年は、あなたの闇を写す鏡なのです。


・・・魔女の烙印を押された19歳のジャンヌ・ダルクを火あぶりにした大人たちは、
彼女が息絶えた後、「おれたちは聖女を焼き殺してしまったのか!」と、
われに返り、その罪悪感は何世紀も経ていまだに人の心を揺さぶり続けています。

過去から私たちが学ぶべきことはあるはずです。


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テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

コメント

凱君、お誕生日だったんですね。おめでとうございます。これからますます大人びてきて、頼もしいような,寂しいような切ない感じを味わってくるのでしょうか?
でも立派に育てているから。

色んな人生があるけれども、それぞれには本当に深い意味があること、そして、それらを理解することも必要だと感じます。何のために生まれてきたのか、それを探求することが出来れば最高ですね。

Re: パリのマカロンさん


ありがとうございます。だんだん微妙な年齢になっていきますね。いろんな占いでみてみると
うちの息子は「夢を持つ」ことが何より大切なのだそうです。しかしながら現実は・・・宿題に追われて
しまって夢もそっけもない感じです。まあイギリスにいることがそもそも夢のような日々なので
異国での経験が血となり肉となってほしいものです。
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プロフィール

チェリー郁子

Author:チェリー郁子
岩手県生まれ、群馬、東京、埼玉そして
2009年4月よりロンドン西部在住。
自宅にてセラピー&ヒーリングの個人セッション,キネシオロジー講座を開催しています

キネシオロジーセラピスト
Integrated Healing Practitioner
前島式共鳴気導療法認定ヒーラー
心理カウンセラー

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