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津波後の風景

ご訪問、ありがとうございます。

春の一時帰国から1か月経ちました。

親友が仙台に住んでいて、仙台でのIHキネシオロジーセラピーセッションDayの翌日、
ご主人の運転で被災地に連れていっていただきました。
2年間、来ることができなかったので、内心ドキドキしていました。
仙台駅近くのホテルから、10分も走らないうちに

「このあたりまで津波がきたんです」ご主人がおっしゃいました。

高速を降りて、最初は石巻、そして女川と車を走らせました。
冷たい小雨の降る、どんよりとした日でした。

実は、前日のセッションDayでネックレスが突如、バラバラになって四方八方へ
ぶちまけられるという出来事がありました。
ネックレスはラリマーといってドミニカ共和国でしか産出されないレアな石、美しい海の色の石です。
お客様の中には被災された方もいらっしゃいましたし、癒しのエネルギーを最大限に発揮し、
限界を超えてしまったのでしょう。
そのようなこともあり、被災地へ行くのには戒めが必要と感じていました。

必要以上に感情移入しない

鎮魂という意識を持たず、淡々と事実を受け止める

被災地へ行けない方の分まで伝える、ということに徹する

過去のブログ 聖地グラストンベリーのチャリスウエルガーデンでくんだ聖水を
持参してきたので、行く先々で浄化スプレーを振りまくりました。
私も親友も皆、敏感です。おそらく静まっていない魂も数え切れないほど残っているはずです。

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6.9メートルの津波です。
ひとたまりもありません。ここの小学校の児童は避難してほとんど無事だったそうです。
学校は、この通り既に使えない状態ですが、ある集落では、1階が津波をまともにかぶり、
2階は無事だった集落がかなり目に着きました。
ぱっと見、1階がこの学校のように真っ暗だったり、青いビニールシールが貼られていたりしているのに
2階に生活感があるのです。
震災から2年以上過ぎてこの状態・・・2階だけで人々が暮らしているのです。
これが一番、見ていてこたえました。さすがにシャッターは切れなかったです・・・

土台から流されたご家庭は、仮設住宅暮らしです。
いずれ家を再建するか、賃貸の家を借り、期限がくれば出ていかなければならないでしょう。
でもこのような家はどうしたらいいのでしょうか?
支援があるのか?ないのかもわかりません。
このまま放置すれば、土台はいずれ崩れるかもしれません。でも屋根も2階もあり、
生活ができてしまっている。
このことから目をそらしてはいけないと感じました。

案内してくださった親友ご夫婦に心から感謝いたします。

帰りの飛行機の中で、映画を見ていた時、突然、ぷつっと何かが切れて
突然、涙があふれて止まらなくなりました。
感情移入しないようにして、そのまま忙しい滞在日程をすべて終えて気がゆるんだ瞬間でした。

私が泣いたところで何も変わらないし、チャリテイセッションも自己満足の世界かもしれない、
それでもできることを、できる範囲でしていく、そう心から思えた滞在でした。


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東日本大震災から2年

ご訪問、ありがとうございます。

ちょうど一時帰国したのが震災前の2010年末~2011年の年始にかけて。
以来、その2ヵ月後、2011年3月11日に東日本大震災は起きました。

イギリス時間では、早朝、5:46分。
当然その時間にはまだ起きておらず、7時頃起きて、子どもたちを学校に送り出すべく
忙しくしていました。まだ、BBCもすぐにはつけておらず、友達から電話があって
すぐにBBCをつけるよう、大変なことが起こっていると・・・

大津波の映像が目の前に飛び込んできて、見慣れた東北のどこにでもある風景が
田んぼが、家が、道路が、車が呑みこまれていくありえない映像。
子どもたちも呆然。
それでも学校へ行く時間がせまっていたので、すぐに家を出て学校へ向かう。

学校へ着くと、まだ知らない日本人ママたちも多く、伝えるとビックリして
リアリティのないまま、ネットとテレビをチェックしに急いで家に帰る、
さっきのは夢なのか?いや夢であってほしいと願いながら、帰宅しても
当然夢ではなかった。

実家へ電話してもつながらず、それでもドコモだけはつながったので、妹と連絡がとれ、
親友ともつながって、無事を確認できて安堵するも、事態は刻一刻と深刻になっていく。
東北一帯は、停電、断水の為、テレビもネットもつながらない様子。
それを私がイギリスから説明するという奇妙な状態。
かなり冷え込んで、暖がとれないので、毛布や布団をかぶり、夜はろうそくの明かりを頼りに
暮らすこと、数日。岩手県沿岸は壊滅的な被害を受けているのを知るにつけ、
これくらい我慢しなくちゃね、家もある、命もあるだけで幸せなんだから、と母。

ネットから離れなれなくなってしまったのは私だけではなかった。
それでも日常は普通に過ぎてゆき、そのうち、知る人々が増えてくるにつれて
道を歩いているだけで、「Japaneseか?あなたの家族は大丈夫か?」と見ず知らずの方から
声をかけられ、涙が出ました。

そして、悲しみに浸って泣き暮らしていても、何も変わらないことに気づいた人たちは
次々とチャリティを立ち上げ、募金活動を始めました。
何かできることはないか?
海外に暮らす日本人は、同じ思いだったはずです。

そして2年を迎え、この春、3月19日~4月9日まで一時帰国します。
2年2カ月ぶりの日本の地です。

日本はどんな風に変わったのか?あるいは何も変わらないのか?
この目で見てまいります。

この期間、IHキネシオロジー始め、各種セッションはお休みになります。



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大川小学校の悲劇は終わっていない

ご訪問、ありがとうございます。

東日本大震災の余震が起きました。
悪夢がよみがえるような地震に、恐怖がよみがえった方もいるかもしれません。

日本はもはや地震活動期に入っていることを認めざるを得ません。

どんなに普通を装っても、落ち着いた生活を望んでも、逃れられない。
大きな被害がなかったのは救いでした。

「怖い」
「うちへ帰りたい」
「お母さんに会いたい」

そんな残存思念を残したまま、肉体だけが失くなった子どもたちの魂が必死で訴えているような
そんな気がして、あの未曾有の大惨事、大津波で児童・教職員84人の犠牲者が出た、
宮城県石巻市・大川小学校

子を持つ母ならば、いや誰でも、この悲劇は胸をえぐられるほど辛く、涙しないでは
事実を受け止めきれないことでした。
校庭で、あの子たちはどんな思いで、波に飲まれていったのか・・・

ところが、ネットで現状を調べてみたら、驚くべき事実が!避難途中に大津波はウソだった

そればかりか
子どもの証言メモが破棄された?

大津波の惨事~「大川小学校」~揺らぐ真実は第1回から今日現在まで第16回
のシリーズで連載されています。是非、読んでいただきたいと思います。

それにしても・・・大津のいじめ事件でも学校始め教育委員会の隠ぺい体質には嫌気がさしましたが
もはや、教育委員会はいらないんじゃないでしょうか?

保護者の皆さんに聞きたいです、本当に教育委員会は必要ですか?
だってここは子どもを守るのではなく、教師だけを守る機関ですから。
だって大事なメモを捨ててでも、教師を守ろうと必死に仕事をしてくれますからね。

教育って誰の為のものなんでしょうか?
私の認識では子どもの為だと思っていましたが・・・

子どもが自殺しても教師を守る、
子どもが傷ついた心を抱えたまま、それでも必死で証言しても教師だけ守る
子どもは置き去りですか?

こんな教育委員会 いらない

教育委員会に守られないと仕事ができないような教師もいらない

教育委員会なんてなければ、教師はもっと個性を発揮して教えることができるのではないでしょうか?

もし存在するのなら、真に子どもを守る教育をしてほしい。

大川小学校の悲劇は人災でした
そして今、尚、終わってはいませんでした。
2度、殺されたようなものです。

唯一、生き残ったA教諭、なぜドクターストップがかかったままなのでしょうか?
それは、あれだけの犠牲者を出した惨事に心が壊れてしまっただけではないでしょう。
ウソをつかなければならなかった、
あるいは、本当のことを言いたいのに、言うことが禁じられて、薬でも飲まされて心身を拘束されて
いるのかもしれませんね。

大川小学校の子どもたちは、50分という長い時間、死の恐怖に耐えました。
親ごさんたちは罪悪感を持ってます。それは一生消えないばかりか、確実にDNAに刻まれ
世代を超えて連鎖していきます。せめてその恐怖に寄り添い、そこで何があったのか、
愛するわが子が生きる道を断たれ、どうして死ななくてはならなかったのか?
真実を知ることが、ご遺族の願いでもありますし、この悲劇に一度でも涙した人々の願いです。

亡くなった子どもたちは宝物だったのです。


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環境汚染とどう向き合うのか

ご訪問、ありがとうございます。

久しぶりの原発ネタです。
おそらく日本のマスコミも原発報道は少ないのだろうし、私も積極的に見なくなって
しまいました。
過去記事でも取り上げたように、故郷、岩手の汚染を知ったのは震災後の2011年5月でした。
岩手県南が風向きによって汚染されているということを。
でも、この時は、内陸といえども、地震と津波で岩手県は手いっぱい。
誰が、何を言っても、福島第一原発からの放射性物質が、風に乗って岩手県南に
ふりそそいでいるなど、誰が信じたのであろうか?

私が信奉している一関で塾を営むかねごんさんが、当初からブログで訴えていても
中部大学の武田先生が一関市長に訴えても、行政に聞く耳をもつ人など誰もいなかった
岩手の稲わら汚染も、牛肉からセシウムが検出されても なぜ?の疑問符・・・

福島第一原子力発電所の事故による汚染状況重点調査地域に指定された
奥州、一関、平泉の岩手県南3市町
 これは2012年4月~の話であって、いくら今年の5月の運動会に
間に合ったからって、去年の運動会は超高線量の元で行ってるんです。
プールの清掃だって高学年の児童が行っている。夏は普通にプール授業が行われてしまっている。
体育も、マラソン大会も、スキーも何もかも普通に放射性物質がたっぷりの土地で。
1年半も前のことなのに、2012年8月の岩手日報の記事で、除染困難ってどういうことですか!?
2012年7月27日 政府発表でやっとストロンチウムの降下量を掲載している。
セシウムもストロンチウムもしっかり子どもたちの身体に降り注いでいるじゃないですか!?

ちゃんと測ってたんだ・・・

福島だけじゃない、東日本、いや 今やガレキの焼却で全国拡散

それはないでしょう・・・

オリンピックで浮かれている場合ではなかったようです。

私たちもいずれ帰国し、帰省もするでしょう。
何より親せき一同、皆住んでいます。
広島や長崎の困難にも耐えて、乗り越えて日本人は生きています。
精神論うんぬんではなく、受け入れて変化しながら生き抜いていくしかない。
誰もが逃げれるわけじゃない、いや逃げるところなど地球上にもはやない。
既に1945年を機に核実験は至る場所で行われてきてるのだ。
私だって生れた時から被爆してるのだ。
親以降の世代は視力がいい人ばかり、でも私の世代は視力が悪い。死因も昔は老衰だった。
今や老衰で亡くなる人はほぼ皆無だ。

テレビやゲームや勉強だけで視力が落ちる?
食べ物の欧米化や食品添加物の増加、大気汚染だけでガンなどの悪性新生物が増えた?
1980年以降、死因のトップはガン、高齢化の要因ももちろんあるけれど、
少なくともこれだけの核実験が行われていて、広島・長崎の原爆投下の影響が認められていて
人間に影響がないわけがない。
私の周りに川崎病、橋本病、ウツ病の持病を抱えている人や、不妊で大変な思いをしてる人がいる。

じわじわと長い時間をかけて環境からの影響を受けているのだ。
そう、すべて汚染されているのだ。自然も、人間も。
トリガー(引き金)はストレス、現代社会はいつでも発射準備オーライだ。

病気になれば、誰が喜ぶ?誰がもうかる?

医者<製薬会社<保険会社<石油産業<軍需産業?

これに打ち勝つには、自分の免疫力、宇宙も含めた自然の自浄力しかないのだ。
病気になるのは、自分へのメッセージだし、医者頼り、薬頼りにしないこと、
自分の身体に責任をもつこと。

残念ながら困難を乗り越えられない人も大勢いる。

すべては自分の選択だから。

生れてくる前に、この国、この民族、この時代を選んで生れてきている
記憶は消されてしまっている、でも潜在意識にはしっかりと刻まれている。
バースチャートを調べれば、自分が今生、何を学びにやってきたのか設計図が
描かれている。

目の前の事象は、意識してもしていなくても、すべて自分が作り出したもの。

思いだしてください

ありのままの自分が それだけで尊いということを

今、生かされているという事実に感謝


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テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

     

3.11から一年

ご訪問、ありがとうございます。


きっと日本では追悼番組などが放映されているのでしょうね。

この一年ほど、短く感じた一年はなかったような気がします。

復興には程遠く、原発の収束もままならず

それでも生ある限り前を見て生きていかなくてはならない。

離れていても、心は寄り添って

祈ります





テーマ : 自分にできる事から
ジャンル : 心と身体

プロフィール

チェリー郁子

Author:チェリー郁子
岩手県生まれ、群馬、東京、埼玉そして
2009年4月よりロンドン西部在住。
自宅にてセラピー&ヒーリングの個人セッション,キネシオロジー講座を開催しています

キネシオロジーセラピスト
Integrated Healing Practitioner
前島式共鳴気導療法認定ヒーラー
心理カウンセラー

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