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自分に許可を出す

ご訪問、ありがとうございます。

過去記事でインナーチャイルドのことを書きました。

そういえば、1970年代後半~1980年代にかけて暴走族や不良など、日本全国の中高生が
暴れまくった時期がありましたね。
ドラマでも「積み木崩し」「スクールウォーズ」など、家庭内暴力、校内外暴力ものが
流行りました。実話なんですよね~
私は田舎に住んでいたので、周囲でそこまでの状況はなかったのですが、
主人が過ごした埼玉では、授業中、紙飛行機を飛ばし合う授業妨害などは日常茶飯事だし
バイクに乗った不良たちが校庭や校舎内の廊下をぶっとばすウソのようなことが
公然と行われていたと聞き、ビックリです。

今って、さすがにそんな中高生、いないでしょう?

尾崎豊が言うように、あれって「支配からの卒業」だったのかな?
戦争であらゆることを抑圧された次の世代が、まるで日本一億総浄化のような役割を
はたしたんじゃないかとも思えるのです。
暴れた少年少女たち、実は親世代や祖父母世代のあらゆる抑圧やケアされない心の傷など
全部引き継いで、彼らに代わって暴れたんじゃないかと感じるのです。

突き動かされた感情は、おそらく「怒り」

日本人は戦争で負けた時、家族を失った悲しみや怒りを押し殺したまま代償行為のように
高度経済成長へ向かい、走り続けました。
戦士の夫を亡くした女性たちは、今度は息子が企業戦士としてとりこまれ、
一億総中流などと言われるほどの経済発展をとげました。
どこかに置き去りにされた怒りと悲しみは、そうやって世代間連鎖されて孫の代で
あふれ出たのかもしれません。

一昔前、映画で言えば、「Always 3丁目の夕日」の中で見るような日本の元風景って
たとえ親が未熟でも、親せきやご近所、地域の目があって、ガキ大将中心に集団で
遊び合っていたので、役者がそろっていたのでしょう。
多くの目があって、育てられて大人になったものの、何かを置き忘れてしまい、
若年層から中高年まで、ウツ病患者が増えています。
ウツ病の最大の特徴は希念慮があることです。

10年連続、自殺者が3万人を超える社会は異常です。

がんばってがんばってがんばり続けた結果でしょうか?

何の為に、誰の為に?

ただ、親にほめられ、認められたかったのかもしれません。

がんばった自分でなく、ただありのままの自分を認められたかった

怒りも哀しみもあなたの中にある小さな小さな内なる子どもの叫びかもしれません。

ビリーフ(信じ込み)を手放し、自分に許可を与えましょう。

怠けたっていいんだよ
いつも他人に尽くさなくたっていいんだよ
正直に自分の気持ちを伝えていいんだよ
やりたいことをやる時間をとってもいいんだよ
腹がたったら怒りをぶちまけてもいいんだよ
素直に喜んでワクワクを感じたっていいんだよ
自分を守る為に相手を攻撃しなくたっていいんだよ
愛を素直に受け取ったっていいんだよ



インナーチャイルドを癒し、ビリーフを手放すお手伝いをしております。
キネシオロジーを使ったセラピーです。
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テーマ : 癒し・ヒーリング
ジャンル : 心と身体

     

今までよく生きてきたね

先週の土曜日、ホメオパシーUK本校にてセルフケア講座を受講してきました。
ホメオパシーを使い始めてまだ1年くらいですが、実はちゃんとした知識は
なく、基本的にキネシオロジーの筋反射を使って身体が要求するものを選び、出たレメディに
関する情報を本で拾って使用してました。

初めて学長のとら子先生のセミナーをDVDで見ました。
とら子先生は、最後の質疑応答で「今までよく生きてきたね」とおっしゃっていました。
ホメオパシー的考えによると、インナーチャイルドのケアがとても大事なことだと
おっしゃっています。ホメオパシーは感情の深いところに作用します。
幼い頃より、傷ついてきた感情、理解されなかった感情など、いつまでも抱えていては
前に進んでいけないので、潜在意識の深いところに封印されています。
普段は休眠してるのですが、何らかのシンクロニシティ、ショック、事故などを経験すると、
ムクムクと起きてきて暴れたり、怒ったり、嘆き悲しんだりします。
それをホメオパシーで排出しようというものです。

それが虐待、DV、事件や犯罪などに発展するのです。
究極の極みが、あの秋葉原の無差別殺人事件。
もちろん、辛い思いをしながらも一生懸命生きている人は大勢います。
決して許されることではありません。擁護などできるものではありません。
しかしながら私たちは知る必要はないのでしょうか?
どうしてあのような人間が出来上がってしまうのか?

あの犯人が、実の母親に犬のような扱いを毎日され続けたことを
どれだけの人が知っているのでしょうか?母親の描いた絵や作文を学校へ出させ
られたといった報道は聞いたことがあります。これだけでもかなりの人格否定を感じます。

ホメオパシーとらのこ会会報2009年9月発行、由井寅子先生の講演内容より

「この子の家では母親が絶対的な権力をふるっていて、その母親は地域でも有数の
進学校に進んだものの、諸事情等で大学に進学できなかった、その学歴コンプレックスが
あった為に勉強が出来ない者はダメだというような人だったのだそうです。にこりと笑うことも
なく、母親の怒りは相当なもので、お母さんがものすごい怒りをもっているから、誰も
お母さんの怒りにはかなわなわけですよ・・・中略・・・

ある日、この子が何か悪いことをしたのでしょうか、お母さんが新聞紙の上に味噌汁とご飯を
ぶちまけて「お前はここで食べろ」とやったわけですよ。この子は泣きながら、そのご飯を手で
つかんで食べていたというのですね。そういう状況がずっとあったわけです。この子は中学を
卒業して家を出るまで、テレビを見ることもほとんどできすにそうやって育ってきたのですね。
この子の弟は登校拒否になってしまいました。兄は家を出てどこに行ったかわからなくなり、
弟は登校拒否になり、お母さんは弟に「私の育て方が悪かった」と、謝ったそうです。
弟はお母さんから謝罪の言葉を聞けたから、登校拒否にはなったけど、狂うこともなく
人を刺すこともなかったわけです。ですから兄である犯人の子も、同じようにお母さんから
謝罪の言葉を聞いていたなら・・・このような事件を起こすことには至らなかったのでは
ないかと思うのですよ。」

報道によると、犯人である兄が家を出たのは、成績が思うように伸びない兄を見限って、
母親の期待がより優秀な弟にいってしまったからだとありました。
でも今まで兄の傘の下で過ごしていた弟に、期待が一心に集まった上に兄が思い通りに
いかなかったリベンジ的な想いが加わったらひとたまりもなかったでしょう。
あっさりつぶれてしまいました。
しかしながら後悔しても遅すぎました。この家族は一生涯背負いきれない十字架を
背負って生きていかねばなりません。

ホ・オポノポノ的に考えれば、これらの原因はすべて自分の中にある
ということになりますが、これを機に、「うちは大丈夫か?」とわが身を振り返る作業は
必要かもしれません。だって皆、うちは大丈夫、と心から信じているのではないですか?

傷ついてない人間なんていません。
誰しも傷ついてるし、傷つけてる

私自身、内なる幼い子どもの自分=インナーチャイルドは、特に子育てを開始してからは
本当にしんどかったのです。

私は母に4歳半まで完全に思考と行動がコントロールされていて、母の感情を自分の中に取り込んで
しまっていたようです。だから自我がなかった、母がきらいなものは私もきらいだし、母が好きなものは
私も好き。朝起きてから夜寝るまで母の一挙一動で全て行動づけが為されていたのです。
言ってみれば母のロボットですね。自分の感情がないんです。
母に言わせれば、私は「まったく手がかからない良い子」だったようです。
でも自分で子育てして思いますが、幼児期全く手がかからないなんてアリエナイでしょ?
たぶん、私の性格傾向としても素地があったのかもしれませんが、母は人をコントロールすること
が得意ですから、人の要求を自分から聞くことなどまずしません。
嫌なことがあって、それを母に訴えたことは記憶にあります。
でも母は「共感」するという行為を一切しなかった。
「だから何?そんな小さなことでぐずぐずしないでビンバンと生きていきなさい!」
と一喝するのです。これが繰り返されれば、いつしか子どもは「この人には言っても仕方ない」
と、あきらめ、感情を抑圧するようになります。

妹が生まれてから、一般的にはお父さんの所へ行くことが多いでしょう。
でも私は、母から「お父さんが嫌い」と洗脳されていましたから、お父さんの所へ行くことも
出来ない、母は赤ちゃんを抱えて大変。私はどうされたか?事実上、放置です。
お風呂もそれ以降1人で入ってたし、また妹が生まれたので、今度はすぐ下の妹
のお世話係になりました。私は6歳半にして既にチーママへの道まっしぐら。
行き場のない私は、その役割に必死でしがみついたのかもしれません。
実は、母からそうコントロールされていたのかもしれません。
そのうち小4くらいで既に一家の躾をになっていました。
母を見限っていたのでしょう。私が妹たちを何とか躾なければと本気で思っていましたから。
もう自分が「子ども」であるという認識はなかった。
同級生がものすごく子どもっぽく思え、この時も「仮面」をかぶってやり過ごしたので
早く抜け出したかった、早く家を出たかったのです。

4歳半で「甘え」を封印してきたため、結婚して出産して、自分の長男が4歳くらいで
下の娘が1歳だった時、一番苦し時期でした。家事がいっきに増えて、「自己破壊」もピーク。
封印していたインナーチャイルドが大暴れして、泣き叫びました。

「私は愛された実感がないのに、なぜあなた(自分の子ども)は愛されてるの?」
「私は父親に遊んでもらったことがなにのに、なぜあなた(自分の子ども)は遊んでもらえるの?」
「私は泣いて訴えても共感してもらえなかったのに、なぜあなた(自分の子ども)は共感してもらえるの?」
「私はいっぱい我慢したのに、なぜあなた(自分の子ども)は我慢しなくても許されるの?」
「私は泣くと、「泣くな」と言われて辛かったのに、なぜあなた(自分の子ども)は泣いてもいいの?」

でもインナーチャイルドは目に見えませんから、この感情を吐き出しているのは大人になり、
母になった自分です。そりゃあ子育ては自分にとって地獄の苦しみです。
結局吐き出せる対象は、現在の家族、夫であり、自分の子どもなのです。
これが夫婦の不仲を生み出し、虐待まがいの行為を生み出すのです。

本当は自分の両親に吐き出したかったのです。

その後セラピーを勉強していく過程で、最終的には自分の両親に疑問を投げかける形で
勇気を出して訴えてみました。
ちょっと婉曲的にこんなことが嫌だったけど、どう思っているか?とか。
すると、思ってもみなかった答えが・・・・

私「私と遊んでくれたこと、ないよね」
父「そうだな~、自分は頭が悪くて、仕事が大変だった・・・必死だった」
  余裕がなくて家庭のことはお母さんにまかせきりだった・・・」

私「お母さんがお父さんの親戚を嫌っていたから私もいつしか理由もないのに嫌いになった。
でも大人になって10数年ぶりにお盆にお墓参りに行ったら皆、いい人だった・・・
どうしてお母さんはあれが嫌い、これがやだと言って私たちを父方の親戚から遠ざけてたの?」
母「(人間関係が)下手だったんだね、きっと」
私「料理だってワンパターンだし、ちっとも美味しくないし、努力しないし、何で?」
母「下手だから・・・」
私「お父さんに似ている箇所をお母さんにさんざんののしられて、私は嫌だったよ」
母「そんなこと言った?私・・・(絶句)」

それ以上、追求はしませんでした。
謝罪こそしなかったけど、謝罪がほしかったわけではないし、
ただ、でもなんていうか 本当に許すことが出来たんですね~
自分の両親がかなり未熟な人間であることはとうの昔にわかっていたし、時代背景とか
世代間連鎖もあっただろうし。

でも本当はみんな愛を求めている。

とにかくよく生きてきたね。あなたも私も。



テーマ : 癒し・ヒーリング
ジャンル : 心と身体

プロフィール

チェリー郁子

Author:チェリー郁子
岩手県生まれ、群馬、東京、埼玉そして
2009年4月よりロンドン西部在住。
自宅にてセラピー&ヒーリングの個人セッション,キネシオロジー講座を開催しています

キネシオロジーセラピスト
Integrated Healing Practitioner
前島式共鳴気導療法認定ヒーラー
心理カウンセラー

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